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江戸時代の1文は現在の何円?――レファレンス回答難の例

 昔と今の比較。回答するのが難しくて、よくきかれる質問のひとつに、貨幣価値についてのことがある。
 例えば「江戸時代の貨幣である1文は現在の何円くらいか」という質問。本に数字が出ていればその本を紹介するということになろうが、「この本には約何円と出ているけれども本当か」ときかれたら、回答は……。

 なぜ「……」か。

 ひと口に江戸時代とは言うけれど、「文」の使われていたこの時代は260年以上もあった。ちなみに、明治時代から現代までをみても140年ほどしか経っていないのであり、それがいかに長い期間だったかがわかる。あるいは江戸時代を通じてその価値を調べてみなければならないかもしれないのである。
 また、江戸時代は米で年貢が納められて、米が換金されて……という“米遣い”の経済・社会だったのであり、江戸時代と現在の物価比較から貨幣価値を考えようとすれば、厳密には米相場を比較する必要もある。

 改めてこれらのことに気がつくと、質問者の方も「……」となる。が、「細かいことはいいから」と言われれば、米のことは措いて、昔も今もあるものの価格を直接単純に比較対照してみるしかなさそうだ。
 例えば、立ち食いのかけそば。江戸時代の「二八そば」は、その語源のひとつと考えられている「2×8=16」から長らく16文だったというのはよく引き合いに出される。現代の立ち食いそばを何円に設定するかにもよるが、この立ち食いそばを介して1文が何円くらいかが出せる。

 しかし、ここはもう少し踏み込んで、江戸時代人が江戸時代に書いたものの中に何かないかということでさがしてみて――栗原柳庵という人が「柳庵雑筆」でみりんの価格について書いているのをみつけた。柳庵は“南都般若寺の古牒に、慶長七年三月十三日、(略)みりん酒三升(代百九十五文)とあり”と書き、“みりん酒三升百九十五文は、米九升余の代なり。然ればみりん酒一升、米三升余に当る。今にてもみりん酒の価米三升に当れり。慶長七年より弘化二年まで、二百四十四年の久しきを経て、価の大形同じきは如何にぞや”と書いている。米との換算からみて、みりんは弘化2年までの江戸時代244年間を通じて、価格が大方同じなのはどうしたことかというのである。
 それで、現在みりんが何円くらいかということになる。スーパーと小売店ではちがうであろうから、ここはインターネットでK社の一般的なみりんの希望小売価格を調べて“1.8リットルで1,181円”という数字を得た。「1.8リットル=約1升」である。すると、みりん3升で「195文=1,181円×3=3,543円」となり、「3,543÷195」で、江戸時代の1文は現在の約18円くらいということになる。
 江戸時代人が、米に換算して、244年間価格が変わらなかったものとしてみりんをあげている。「これを介したのだからまちがいない」と言いたいところだが……しかし、やはりそう簡単にはいかないであろう。

参考:『大江戸調査網』(講談社選書メチエ)

 
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    2009/4/1UP

栗原智久氏の肖像(代)

栗原 智久 <くりはら・ともひさ>

青山学院大学卒。現在、江戸東京博物館 司書、明治大学兼任講師。
著書に『桐野利秋日記』(PHP研究所 2004) 『大江戸調査網』(講談社選書メチエ 2007)
などがある。

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